【第5章】地獄の底

この頃「訴えてやる!」この言葉ほど聞き飽きた言葉はなかった。
精神的にもショートして虚ろな僕としては、次第にどうぞという返事が板について来た。
そして、いつもこう思っていた。
あなたが、僕からお金を取り上げる手段があるなら、とっくに、倒産した会社や詐欺師から、僕が回収しているわけで 僕は、あなたより、世の中の仕組みを先に理解した。と
そう、お金を払えない人間に罰する法がない事に気が付いたのだった。
あるものからもぎ取る法はあっても、ないものからお金を取る法律はない。
つまり、こうなるとお金がないものが一番強い。
この頃、とうとう、電気も止まり、携帯もかけれなくなった。
(受信のみは数ヶ月可能な仕組みだが)
ポストには、入りきれない赤い封筒ばかり・・。もう、どうにもできない。
そして、最後の差押え通知が来た。
「○月○日 ○時 ○○にて 差押えを執行いたします」
とうとう、最後の人生最後の通知が来てしまった。
真の死の宣告である。
もう逃げることもできない。
僕は、その日、暗闇の中でずっと差押え班が来るのを待っていた。
しかし、まったく来る気配がない
おかしい・・。
外の様子を見ようとドアを開けたところ、3人のスーツ姿をした男性が立っていた。
差押え班A「すいません、ピンポン押しても出なかったもので」
今井「あ・・電気止まってますからね・・。」
差押え班B「え・・今から、今差押えについて説明させていただきます」
立ち話で5分程、まったく頭に入らない説明を受け、それを了承しろと言うのだ。僕は、なすがままに「了解しました」と返事をした。
差押え班ABC「では」
3人は、ぞろぞろと部屋に入り、僕に貴重品、車、テレビなど所持しているものに対して詳しく問いただして来たが、ある程度あたりを見渡すとこう言った。
差押え班A「えー それでは以上になります。ここにサインをお願いします」
今井「え?もう終わり?」
差押え班A「はい」
ほとんど、まともな荷物は、すでになかったのだが、見渡して何も差押えれないということで まるで宅配便の配達員でも来たような感じで、一瞬で終了したのである。
バタン!とドアが閉まり、差押え班が去って行くと、いつもの暗い部屋に1人取り残された。
しかし、なぜかなんとも言えない愉快な気持ちがこみ上げてきたのだ。
えええ??えええ?(笑)
そして、笑いが止まらなくなった。
これが差押え??
あとから調べた話だが、借金をして返せなくなり苦しんで自殺をする人間は、多々いるが、差押え後、自殺をする人間はほとんどいないらしい。
つまり、差押えが地獄の門だと妄想し、恐怖のあまり自殺をはかるのだろうが、実は、門ではない。
社会的制裁において、これ以下の底は存在しない。あたりまえだが、命までは取られないのである。
その翌日の事。
外出して戻ると鍵が合わない。
よく見ると外の駐車場に全ての荷物が出されていた。
強制撤去。
そう・・これがホームレスのはじまりである。
大事に育ててた観葉植物のパキラが土をこぼして倒されていた。
その土を拾い集めて鉢を立て直し、僕はその場を去った。
第6章へ続く・・・。

当時の差押え通知書